Hermès 時計の歴史
エルメスは1837年、ティエリ・エルメスがパリに構えた高級馬具工房にルーツを持つブランドです。当時のフランスでは馬車が交通の便としても、ステータスシンボルとしても人々に欠かせないもので、裕福なブルジョワジー(中産階級)は良い馬車、良い馬具をこれみよがしに見せつけながら街を走ったものでした。そのため馬具の需要は高く、特にティエリのつくる馬具は無駄のない上品なデザインで且つ、馬にも優しいと評判で、王侯貴族も顧客に抱えるほどでした。
しかし産業革命によって汽車や自動車、蒸気船などが発達し、馬車に代わる交通手段が登場すると、エルメスは馬具造りの伝統を守りつつも馬具製造で培ったノウハウを応用して、バッグや服飾品などを手掛けるようになりました。エルメスの時計製作において嚆矢と言われているものが、懐中時計を入れて腕に着けられるようにしたレザーバンドです。これは3代目社長エミール・エルメスの娘ジャクリーヌが腕に着けている写真で有名です。1912年に撮影されたもので、世界初の腕時計として知られるカルティエの「サントス」が1904年に発表されたことを考えると、エルメスも早い段階から腕時計への関心を寄せていたと言えるでしょう。
その後エルメスは、スイスの老舗時計メーカーであるモヴァードと提携し、エルメトを発表します。エルメトは長方形をした箱状の時計で、左右に箱を引くと時計が出てくるというデザインのトラベルウォッチです。長距離移動が容易になった20世紀初頭エルメスは旅行する人々に向けたトラベルアイテムを製作しました。その一つがエルメトであり、一方でボリードなどのバッグでもありました。モヴァードの他にもジャガールクルトやヴァシュロン・コンスタンタンなどと提携し、ハイクオリティな時計を販売します。例えばエトリエは鐙(あぶみ:乗馬時に足をかける金具)に着想を得たデザインの腕時計で、ジャガールクルトとコラボレーションして生まれた名作の一つです。
1978年、エルメスは自社マニュファクチュール「La Montre Hermès SA」をスイスのビエンヌに設立します。同年、エトリエ同様鐙に着想を得たデザインの腕時計アルソーを発表します。その後、80年代~90年代にセリエやケープコッド、メドール、Heure H(Hウォッチともよばれる)などが発表されます。
2000年代にはボーシェ・マニュファクチュール・フルリエとの提携により、同社とモントルエルメスの叡智を集結させた腕時計ドレサージュを発表します。2008年には両社が5年の歳月をかけ作り上げたエルメス初の自社キャリバー「H1」が完成します。2011年には時計が時を刻むことを一時的に止めるという機能を備えたアルソ― タンシュスポンデュ(Suspendu: “宙吊り”の意)が発表されます。腕の上で“時間が止まる”という詩的な複雑機構は注目を集めました。2012年には文字盤製造に特化したスイスのメーカー「ナテベ」の買収や、新たな自社ムーヴメント「 H1837」と「H1912」を発表し、マニュファクチュールとして更なる飛躍を遂げます。
クリッパー
Clipperは1981年に発表されたモデルです。船の舷窓に着想を得た丸い形状が特徴的です。この腕時計はデザイナー、アンリ・ドリニーによってデザインされました。アンリ・ドリニーはエルメスのデザイナーとして長年勤務しており、エルメスパリ本社に個室のオフィスを設けられているほどの重鎮です。シルクスカーフ「カレ」のデザインや、ネクタイのデザインの多くを手掛けており、アルソーやケープコッドなどの腕時計も彼によるデザインです。クリッパーはエルメスウォッチの人気モデルとして、誕生以来さまざまなバージョンが登場しました。シンプルな文字盤のものやクロノグラフ(ストップウォッチ機能)仕様のもの、デイト表示が3日分表示できるもの、ブレスレットもHが連なったようなアイコニックなものからラバーバンド仕様のものまで多様です。2015年にはアップルウォッチ エルメスが発売されます。アップルウォッチ エルメスでは文字盤にクリッパーのデザインを選択することができます。
クリッパーが生産終了した理由
2018年にクリッパーは生産を終了します。生産終了の理由は公式には発表されていませんが、アップルウォッチ エルメスの登場、丸形ダイヤルの新作ウォッチ「スリムデルメス」の登場、クリッパーと同じ舷窓に着想しデザインで知られるウブロの時計とイメージが被るなど、様々な要因を推測する噂が、ファンの間でささやかれました。いずれにしても人気モデルであったクリッパーが廃盤になってしまうことはファンの間で惜しまれる出来事でした。
しかし、クリッパーは人気モデルであるため流通量も多く、いまだに中古市場でも比較的簡単に見つけることができます。しかし、ネットフリマやオークションサイトなど、中古市場へ容易にアクセスできるようになった現在、その利便性と裏腹に高級アイテムの取引にはトラブルが伴うことも少なくありません。クリッパーのような高額品は、出自のはっきりしないオンライン購入はなるべく避け、できれば信頼のおける時計買取販売店で直接購入することが一番安心です。
まとめ
最上の革製品で知られるエルメスは、バッグだけでなく時計においても早くから製品を手掛けてきました。最初はスイスの名門マニュファクチュールとの共同制作でしたが1970年代末には自社マニュファクチュールを設立し、自社ムーヴメントを開発するなど一流オートオルロジュリー(高級時計ブランド)としても高い評価を得ています。クリッパーはそんなエルメスウォッチの名作として長い間人気のアイテムでしたが2018年に生産終了しましたが、依然中古市場でも人気があります。